資本主義の限界と社会主義の未来

「ライブドアショック!」なんてニュースを聞くと、日本も資本主義社会なんだなと改めて思い知らされます。飛ぶ鳥を落とす勢いだったホリエモンが一夜にして顔色が変わっていく。そんな様を見ていると、なおさらそんな思いが込み上げてきます。

弱肉強食、勝ち組負け組なんていやらしい言葉を平気で小学生が使っている・・・。

かつてカール・マルクスは「資本主義の矛盾が限界に到達した時に社会主義が誕生する」と言ったとか(違ってたらゴメン)。今の日本の政治・経済を見ていると、まさにその時が来ているんじゃないかと思えてきます。

日本人はどういうわけか「社会主義」や「共産主義」という言葉を毛嫌いします。まあ無理も無いですけどね。おそらくかつての一党独裁制を連想するんでしょうね。でも本来のマルクス主義は、政治的・経済的不平等の克服を目的としたもの。よって決してその思想自体が間違っているわけではないのです。そのあたりのイメージが一色になってしまっている現状はちょっと残念です。

殺伐としたニュースが続く背景には、世の中に対する不安や不満があることは間違い無さそうです。それなら「もう少しマルクス先生の言葉に耳を傾けてもいいのでは?」なんてことを、何故かラブソングを聴きながら考える帰宅の途でした。

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コメント

資本主義の限界と社会主義の未来 — 4件のコメント

  1. 資本主義っていうのか個人主義っていうのか
    今の日本人はとっても身勝手になってると思う。
    自分さえ良ければ・・・という、情けない生き方が
    ともすると 新しい生き方のように見えてるのかしら??
    誰も見てないって思って、隠れてやましいことするより
    いつも誰かが見てる、例え誰が見てなくっても神様が(お天道様が)見てるからって
    潔い生き方がしたいなぁ
    と 思いますが・・・・
    現実は難しいですね。
    人や会社はいつも第三者に
    見てもらわないと きちんと生きていけないのかしら。
    殺伐とした社会は殺伐とした人間が作ってしまったのだとしたら
    今の日本人 人間として振り返らなくちゃいけないことばかりですね・・・

  2. 大人はそれぞれきちんとしてると信じたいですね。でないと個人主義も自由も成り立たないでしょうし。
    石原都知事が「小学校の授業に教育勅語を復活した方がいい」なんてことをコメントしていたことを思い出しました。それはオーバーにしても道徳や倫理の授業はあったほうが良いかもしれませんね。韓国では依然として暴力シーンの規制が厳しいようです。やっぱり儒教の国だなあってちょっと感心でした。日本では流れっぱなし、っていうかどんどん酷くなってるような印象です。ホリエモンの一件で放送の公共性が話題になりましたが、もうちょっとマスコミは責任をもって報道なり話題づくりをしてほしい感じです。
    まあ自分も大きなことは言えないんですが・・・。

  3.  生活水準は上がるけど給料は上がらず、各種保険料や税金は上がる一方。
     最近10万円で生活できる町とかテレビでやっているけど、日本全体がそうなればいいですよね。
     お金のある人は、悠々自適のせいかつで、お金のない人は、節約、我慢の人生なんて不公平ですよね。何好き好んで貧乏になったわけじゃないのに。
     お金のある人は、私達庶民のおかげで自分達が成り立っている事を忘れないで欲しいと思います。
     働いても、働いても生活が苦しい人もいれば、あっという間にお金持ちになれる人もいますよね、でもあっという間にお金持ちになった人が急に落ちつぶれたらとても惨めですよね。庶民はギャップは少ないですよね。
     本当の意味でみんなが平等の世の中がくればいいのに。

  4. >>本当の意味でみんなが平等の世の中がくればいいのに。
    ほんと、その通りですよね。総理は「小さな政府を」なんて言っていますが、民間に任せっきりで全くフォローしないって言うのはちょっと無責任だと思います。じゃあ「政府の役割ってなんなのよ」って感じです。役人、公僕なんだから、やはりもっと公のために仕事しなくてはダメですよ。
    自分的には社会主義のような国家主導の社会もアリかな・・・と。ソ連のようになったら困るけど、そもそもソ連や東欧の国々は社会主義の意味を履き違えていたわけですし。最近の中国も社会主義的理想とはちょっと違う感じですが、それでも今の日本やアメリカには無い新たな社会を創り出しそうな期待があります。
    そもそも現在の資本主義・民主主義社会を完全だとする風潮がちょっと変な感じです。アメリカやEU諸国だって理想的社会とはとは言えないわけですし、改善すべきところも多いはずです。社会を変えるのは我々ですが、民主主義である以上、その役割を担うのはやはり政治家。政治家にはもっと情熱を持って「政治」をしてほしい感じです。

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